布施知子 折り紙アーティスト 第2章「折り紙は永久に不滅です」
布施さんは、大町市八坂地区の奥深くにある古民家に住みながら制作活動を続けている折り紙作家です。初心者向けから専門書まで、様々な折り紙の本を出版されている他、彼女が発見した「螺旋」「平折り」「無限折り」などの幾何学的な造形は、日本のみならず、海外でも芸術作品として注目を集めています。折り紙の奥深さを感じさせてくれる静かなアトリエで、その楽しさを伺いました。
-布施さんがアーティストとして活動し始めたのはいつ頃なんですか?
2004年に、バウハウス※1で展覧会した頃からだと思います。教室で折り紙を教えて生計を立てている人は何人もいると思うんですが、私はこういう所に住んでいるので、主な収入は本でした。そのためには、図を描かなければいけない。折り図を描くというのは、ものすごい時間がかかるんです。折っている時間よりも、図を描いている時間の方が圧倒的に長い。だから、図を描いている時は本当に仕事っていう感じですね。
これまで、「皆さん折ってね」という感じの本をたくさん書いてきました。でも、だれにも折れない折り紙があってもいいかな、って。もちろん折れるんですよ、折り紙だから、誰にでも。でも、折る気になれない折り紙(笑)。そう思ったりして、本を書くのと並行して、今までやりたくてもやれなかった様な事をやりたいな、と思って制作しています
でも、そうするとほとんどお金にはならないですね。展覧会をしても、アートになればなるほど、収入は限りなく細っていく。フランスのVincent Floderer※2という友人が、「僕は展覧会に呼んでもらって、とても名誉な事なんだけど、やればやるほど貧乏になってく」と言ってました。彼は情熱の人だから、展覧会でもなんでも、小さくても多いくても関係なく、ものすごいパワーでやるんです。折り紙を深く知ってもらうために、展覧会を世界各地で開催してるんですが、それでもアーティストにはもう少し、見返りがほしいですね。折り紙それ自体が、普通の芸術とは違う所があって、思うようにいかないんです。そこがまた、折り紙の面白さでもあってね。だから、誰でも創作できるし。
-折り紙のように、難しい構造体の作り方をこんなに懇切丁寧に説明する分野もないですよね。誰でも作れるように共有していく、折り紙の伝道師がすごく多いというか。
そういう点では、音楽と共通する部分があると思います。紙からどういう風にこの線が組み合わさっていて、最後にどういう形になるのかという面白さと喜びを追体験できるんです。そこに、もちろんアレンジみたいものがでてくるんでしょうね。
例えば、車で高速を走っていてインターとか入ると、結構折り紙が飾ってあります。病院には必ず折り紙が飾ってあります。どこにでも、ちょこっとした所に腕自慢がいて、折ったら飾りたくなるんです。その度に私は言う「折り紙は永久に不滅です」って。長嶋さんの言葉だけど(笑)。
芸術として、まだ折り紙は認められていないと思います。だけど、底辺が広いという事は、ものすごく喜ばしいことなんです。血が回っているというのかな、生きている、躍動しているという事だから、そういう意味で、喜ばしいことですね。子供が好きっていう事が、一番大きなことだと思う。
-そういう中で、色々な人がやっているという事と、芸術としての折り紙との壁みたいな部分はなんなんでしょうか?
壁はない、基本は一緒です。折って、面白いものができたら顔がほころぶんです。それはもう、文句なしで。折り紙の会で、私も生徒として教室に参加するんです。そういう時は自分とは一番遠い所に参加したりしますね、例えばアニメのキャラクターを折ろうとか。そこに行くと、まぁ面白いこと。折り紙って短時間で勝負が決まるから、そこで、できていくというのが「わぁ」って楽しい。アハ体験※3なんてよく言われますが、そういう体験もできて。たわいもない、と言ったらこれほどたわいもないことも無いじゃないですか。イギリスの人がね、「折り紙は、今日やったあなたも、30年やった私も、ひとつのものを折れば、同じ喜びが味わえる」と言っていました。それが折り紙の、一番いい所だと思う。
―制作の事を伺いたいんですが、どれくらいの段階があるんでしょうか?
お面とか、いわゆる本にするものは、折り図を描く事を前提でやっていますが、最近は図をあんまり考えないです。折っていて、面白い法則をみつけるとか、そういう事かな。だから、それがアートかどうかわからないけれど、出来上がった形がきれいだったら「それでよかろう」と思っています。
~※アトリエに移動して、作品を色々と見せてもらいながら~
-先日展覧会をされた豊科近代美術館のブログで、布施さんが描いた折り線に従ったら、寸分たがわずぴったり合ってびっくりした、という話を読んだんですが。
それは、大きな紙を貼り合わせる時ですね。8メートル位の紙に全部線を引いてから折るんですけど、その線で右と左から糊を貼っていったら、普通はちょっとずれるのが、ずれなかったっていう。それは、たまたまです。
-折り線を最初に書くんですね。
最初に、A4の紙とかでとにかく、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい折って。例えばこういう物を折ってるんです。それで色々と、こうしようかな、ああしようかなって。
-やっぱり、と言ったらなんですが、その辺の紙なんですね。
そりゃそう、勿体ないもの。この箱はこういうのばっかり、どういう風にしていこうかな、と思いながら折ってます。こっちは「無限折り」。1が3に分かれて、また3に分かれて、また3に分かれて、という形です。ここも、ここも3分の1になってるんです。4等分、5等分っていうのもやってみたのだけど、距離が空きすぎてつまらなかったんです。
こういうのも、長さを変えるとぐーっと出てくる。どういう造形にするかという事を考えながら、もしこの部分を伸ばすなら、こうやって円にしちゃおうかな、とかね。
これも無限折りなんですが、角度によって造形が変わるんです。これはこれでひとつの世界、でもこれをどう見せるかというのがまだ決まっていません。どこから見るんだ、これは?という。中に入りたいな、と思う事もあります。でも紙だから、そのまま大きくしてもきれいにならない。材質に対して、適した大きさっていうのが、あると思います。
これも割と自由に動くよ、触ってみて。
想像して、この形を作りたいという事じゃないんです。こうやって、やっていたら、こういう形が出てきたっていう。
―法則を探すというか。
そうそう。
なんになるか、ってなんにならなくてもいいんです。くす玉もずっと創っていました、それもきれいですよ。この年になると、大きく無理しないで、ちょっとだけ無理するというのを、頑張ってる。
―素敵な作品たちですね。どうもありがとうございました。最後に、信州について一言いただけないでしょうか?
こっちに越してきたのは、1985年でした。もう、あっという間ですね。皆さんがおっしゃるように、自然が、空気がきれいな事。私の中では信州というか、八坂という方が大きいのかもしれません。この家はこれでも何回かリニューアルしたんですが、ここに暮らしていることが本当に楽しいし、飽きない。去年は忙しくて、色々なところに行ったんです。韓国とか、アメリカとか、アルゼンチンとか。それでここに帰ってくると、良かった、やっぱりみんな一緒なんだ、と思います。鳥も、虫も、植物も、ここでみんな一緒に生きてるんだ、って安心するんです、さみしくないんですね。花とか、虫とか、冬は冬で、霜の花とか、無条件にわっと思えるような、思いがけないきれいなものがいっぱいあります。それと、やっぱり、静かなところが一番かな。自分でものを考えたりする時、やっぱり静寂というのが一番好きです。
―どうもありがとうございました。
今思い返すと、初めて布施さんの折り紙に出合ったのは小学校の頃だったのかもしれない。布施さんが出版された本の中に、懐かしく感じる表紙がいくつかある。そうすると、豊科近代美術館の個展で作品を見た時が2回目。200点を超える繊細で迫力のある圧倒的な作品群に感銘を受け、正直ちょっとクレイジーな人だと思った。そして3回目の出会いが、今回のインタビュー。アトリエに伺って、じかに布施さんの作品に触らしてもらった時、折り紙の世界の奥深さを改めて感じ、布施さんはクレイジーじゃないんだと気が付いた。折り畳まれた折り紙を自分の手で大きく展開させるのがとにかく気持ちよく、自分で作ってみたくなる。布施さんが言うように、折る気にもならない折り紙、という複雑な折り紙に、挑戦したくなってしまう。ぜひあなたも、布施知子の折り紙世界を体験してほしい。
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※1 バウハウス(ドイツ語: Bauhaus, バオハオスとも)は、1919年、ドイツ・ヴァイマルに設立された、工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行った学校。また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともある。1933年にナチスによって閉校するが、20世紀を代表するデザイン教育機関として、世界各国でその哲学が継承されている。
※2 Vincent Floderer ヴァンサン・フロードレア
フランス人折り紙作家。「クランプリング」と呼ばれる紙をくしゃくしゃにする技法を使い、独特の世界観でキノコやサンゴなどの有機的な作品制作を行う。
https://www.google.co.jp/search?q=vincent+floderer&biw=849&bih=437&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwictNrZ16LSAhXIu7wKHaPjDK4Q_AUIBigB
※3 アハ体験
一般的に「今まで分からなかったことがわかるようになったときの体験」のことをいう。