布施知子 折り紙アーティスト 第1章「折り紙の世界へ」
布施さんは、大町市八坂地区の奥深くにある古民家に住みながら制作活動を続けている折り紙作家です。こども向けから専門書まで、様々な折り紙の本を出版されている他、彼女が発見した「螺旋」「平折り」「無限折り」などの幾何学的な造形は、日本のみならず、海外でも芸術作品として注目を集めています。折り紙の奥深さを感じさせてくれる静かなアトリエで、その楽しさを伺いました。
―それでは、よろしくお願いします。まず、布施さんが折り紙を始めたきっかけを教えて頂けないでしょうか?
私は小学校2年生の時に、ジフテリアになったんです。新潟県の長岡市で育ったんですが、子供が多い時代だったので、私は保育園とか幼稚園に行けませんでした。みんなは幼稚園で折り紙を教わってくるんですけど、私は教われなくて「羨ましいなぁ」と思っていました。そんな時に入院して、その頃の薬は薬包紙って紙に包まれていたんですね。正方形の硫酸紙という紙なんですけど、その紙をみなさん、こう伸ばして、色々な折り紙をなさっていたんです。それを見て、私も色々と折り紙を教わって、それで折り紙が好きになったんです。3か月ほど入院して、退院しても半年くらいが学校を休みがちで家に居たので、その時に父親が折り紙の本を買ってきてくれました。それを見ながら、ひとりで「折った」というのが、初めです。
―その後、自分で考えて折るようになったのは、いつ頃なんでしょうか?
折り紙ってね、だれでもすぐに創作できるんです。だから、小学生の頃にはもうやっていましたね。ずっと折り紙ばかりやってるわけじゃないですけど、季節ごとの、例えばお雛様とか、クリスマスとか。そういう行事があると、一式折って飾るとか。そういう事で、時々電気が灯ったようにね、折り紙を続けていました。
―そうなんですね。折り紙で生きていこうと思ったきっかけはあるんですか?
好きで、ずっとずーっとやってたんです。大学生になった時、学校の勉強と自分のやりたいことが合わなくて、その時にも折り紙は好きでやっていたので、折り紙の会を東京で探したんですけど、その頃は無かったんです。何にもなくて、ひとりだけ「いらっしゃい」って言ってくれる方がいらっしゃいました。その先生が、マスクを折る方だったので、その辺からだんだん本腰になってきました。だから、私の20代前半はほとんどマスク。
―どんなマスクですか?
本があります。能面とか、そういうものが主でした。若かりし頃。でも、ここに来てからその本が出たんです。まったくそっくりではないですけど、その頃はそればっかり。ちゃんと紙を裏打ち※1してたんですよ、なつかしや。こういうのは「ぐらい折り」と言ってね、きっちり折るんじゃなくて、これぐらい折る、という感じなので、結構むずかしいんです。
面~The Mask~ 著:布施知子発行:おりがみはうす, 1997
http://www.origamihouse.jp/book/original/mask/mask.html
―折り方も書いてあるんですね。これはすごい。どう聞いていいかもわからないのですが、どうやっているんですか?
折り紙の世界も変わってきているんですけど、私がこれを折っている時は基本形というのがありました。折り鶴を折る時の途中の形を「折り鶴の基本形」、風船を折る時の途中の形は「風船の基本形」、みたいな感じ基本形があって、そこから色々と工夫してゆくのが折り紙だったんです。今でもそういう考え方はありますが、折り紙設計という考え方に大きくシフトしてきているので、根本的に違います。だから、これはクラシカルな折り紙です。
―先日、パソコンのプログラムを使って折り紙を折っている方の事をテレビで見ました。折り紙設計ってそういう事ですか?
そうです。今は折り紙設計ソフト※2もあるし、工学系、数学系の方々が「折る-ORU-」という言葉で色々な解析をなさっています。だから、世界がすごく広がったんですよ。普通、私たちが折り紙っていうと、鶴だとか、抒情的な部分を思いますけども、それはもちろんベースにあって、その他にも科学系のものがすごく増えてきました。
-宇宙衛星のための折り方だとかを聞いた事があります。
それは三浦先生※3ですね。この本『Spiral』※4の序文を書いてもらっています。衛星ソーラーパネルのミウラ折りを発見した方です。折り紙設計の世界で、去年の11月に、折り紙のカンファレンスが明治大学であったんです。私も出席したんですが、本当に色々な発表がありました。血管のカテーテルに折り紙を応用しようという話や、剛体というか、厚みのあるものを折る話、そういうのは造船とかに利用されるそうです。それから、最近は数え上げも多いです。折り紙はアルゴリズム(算法)にすごく適しているみたいで、ここからこの結果に行くのに何通りもの方法があって、そういうアルゴリズムの解析を発表する人もいます。他にも多面体とか、パネルの畳み方だとか、昆虫の羽とか、航空機のハニカム構造とか様々でした。少し前は車関係が多かったですね、エアバックの畳み方はもちろん、クラッシュした時の壊れ方とか。折り紙の「紙」じゃなくて、「折る」という事がキーワードだと、ばっと世界が広がるんです。
―布施さんの作品は、折り紙設計の方になるんですか?
私は、手で考えるタイプです。最近は折紙工学のカンファレンスにも呼んでもらえるようになりましたが、そこに行くと私は「折り紙アーティスト」です。それで、普通の折り紙の会に行くと、私は「折り紙サイエンティスト」になるわけ。私は計算とかできないし、しないし。それは折り紙が教えてくれています。折り紙自体が、解へと導いてくれる。そこの部分が設計とは違うのかな、と思います。だから両方に入れるけど、両方には、なり切れないというか。
-クラシカルな所から、サイエンティストな方向へ向かってしまう気持ちというのは、どういう所なんでしょうか?
折り紙って、本当に色々な事ができるんです。たくさんの専門的な分野で利用可能だと思うんですが、私が一番思っているのは、作りたい形を創るんじゃなくて、面白い形をみつける事なんです。折っていて、面白い形をみつける事。
例えば折り紙を創作している人は、コップを作りたいと思ったら、コップを作るための努力をするわけですね。猫を折りたければ、猫を折るための努力をするわけです。私も、そういうのを一応やってきましたしね、普通の動物もいっぱい折りましたけど、それよりも、わけのわからない、折り紙ならではの美しい形をみつけたい、と思ってます。
第2章「折り紙は永久に不滅です」へ続く
※1 裏打ち 本紙の裏に紙を貼り付け、しわやたるみを防いで補強すること。紙はその性質上、水分が加わると収縮するため、主に裏打ちがされるのは、水墨画や書道のように和紙に書いてある作品が多い。布施さんは、紙を何枚か張り合わせて好きな厚さにする事で、作品にコシをだしていた。
※2 折り紙設計ソフト 参考:ORIPA http://mitani.cs.tsukuba.ac.jp/oripa/
※3 ミウラ折り(ミウラおり)とは、1970年に東京大学宇宙航空研究所(現・宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)の三浦公亮(現・東京大学名誉教授)が考案した折り畳み方である。
Wikipedia :
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%A6%E3%83%A9%E6%8A%98%E3%82%8A
※4 Tomoko Fuse『Spiral』 (2012 ) 出版:Viereck Verlag (ドイツ)
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