杉原信幸 美術家 第1章「場を拓く祭り~原始感覚美術祭」
杉原信幸さんは、2017年に大町市で開催される北アルプス国際芸術祭の招待作家です。東京藝術大学大学院油画専攻を修了し、2016年にはスウェーデンで行われた「ストーンプロジェクト」や「瀬戸内国際芸術祭」に参加している美術家で、インスタレーション、ランド・アート、パフォーマンス、絵画などの表現活動によって、人と自然の境界の場を拓く活動を行っています。また大町市木崎湖畔で2010年より毎夏開催されている「信濃の国 原始感覚美術祭」のアート・ディレクターとしても精力的に活躍する杉原さんに、地域と表現の関わりについてお話を伺いました。
ーそれでは、よろしくお願いします。まず始めに、発表されている領域について、どのような場所か教えて頂けますか?
僕は基本的に旅をすることが好きなので、旅をして、そこで出会ったものからインスピレーションを受けて表現しています。アーティスト・イン・レジデンスや、いろいろな地方でやっているアート・フェスティバルに参加して、そこで何かを創ることで、その土地自体が語りだすような表現を目指しています。あと原始感覚美術祭もそうですが、考古学や、原始的な美術、縄文文化などに興味があり、民俗学やお祭りなどをフィールド・ワークするところから作品を創っています。
ー子どもの頃、土地や民俗学に興味をもったきっかけというのは、どのようなものでしょうか?
子どもの頃はもっと普通に、長野の山におじいちゃんと入ってきのこ採りをしたりしていました。自然の中に入っていくことは好きだったんだけど、僕は育ちが東京なので、子どもの頃から考古学とか民俗学に興味をもっていた訳ではなく、大学のときに、柳田国男だったり折口信夫※1のことを詩人の吉増剛造※2さんから教わって、それが出発点となっています。それで、実際にいろんな祭りに行ったり、縄文遺跡に行って、旅をする中で、そういうものが面白いことを知って、活動の中心になっていきました。
蟹田ストーンサークル「ストーンサークルフェスティバル」/青森
撮影/片山康夫
ー旅ということから、それぞれ異なる特徴をもった土地が作品に与える影響とはどのようなものでしょうか?
基本的に僕はギャラリーで展示する機会より、地方のアート・プロジェクトとかレジデンスに参加する方が多いんです。そこだと、まず「どこ」に作品を立ち上げていくかから選択することができるので、つくる場所がすごく重要です。なにか、自分の中で引っかかるその土地の重要なポイントというか、歴史的な建物だったり、面白い地形だったり、自然だったり、そういう場所自体と出会うところからイメージが立ち上がっていきます。
ー現在の制作プロセスについて、どういう形で制作しますか?
まずやはり、場と出会うこと。そして、そこに何が立ち上がるかが重要です。土地や人も含めて、出会うことの驚きというか、その土地を育んできた文化や地形だったり、遺物みたいなものが、自分の中に驚きと共に宿っていくことが、ひとつのイメージというか、種みたいなものになっています。そのイメージとその土地で出会った素材が、イメージを創っていく中で形として立ち上がる。だから最初から自分の中で何かこれをしたいという意志があることはほとんどなくて、場所との出会いだったり、土地自体と出会うことで、自分とその土地との間にそのイメージが立ち上がってくると思います。
そして、実際にものを創っているときの時間というのもすごく重要です。イメージはあるけれどまだ存在していないもの、未知なるものが立ち上がる。何かがはじめて世界に生まれる時というのは、場と自分との関わりとして緊張感を持った時間です。ただそれだけを目指して創っていく時間、物に集中していく時間というのはすごく大切で、それはある意味、日常の常識的な世界観とは逸脱していくような、半分狂気の世界と表裏一体のところに入っていく時間でもあります。
ー制作をする上での、精神的な動機や、社会との接点について教えて下さい?
歴史的な建築物や空間があって、ある時代まで日本はとても魅力的なものを手作りで作っていたんだけど、一気に大量消費の文化になって、そういう建築や文化がどんどん壊れていきました。お祭りのような文化も同じように崩れ始めているところがあります。経済性や合理性、貨幣だったり、そういうものの考え方で作られるものではない、もっと根源的な、自然との、おそらく無意識的な世界が一つの鍵だと思っているけれど、そうした場や物を創っていくこと自体が、社会において重要だと思っているんです。それは昔だったらシャーマンの人がやってたことだと思うし、もっと日常の普通の生活の中にあったはずだと思います。生活の一つ一つが管理されて切り捨てられてしまっている現在において、それはとても大切なものだと思っています。だから土地の持っている力だったり、歴史的な場所と自分が関わっていくことで、自分と土地や歴史との間に場所を拓くことをやっています。
原始感覚獅子舞(リー・クーツィ「漣劇場」にて)
「信濃の国 原始感覚美術祭2016―地は語る、水のかたりべ」
撮影/本郷毅史
ーそれは原始感覚美術祭でやっていることですか?
そうです。僕はおそらく、祭りを創ることに興味があって、自分の制作の一部に祭りを創るということがあります。道具を使ってものを創るだけじゃなく、人も含めてお祭りという場を創っていく。祭りというものは、地域があって、社会というコミュニティの中での場に、舞台や美術が、全部総合的に繋がっています。古いことを見つめ直すことから、新しい祭りを創っていくということをやっています。それは最初は意識的じゃなかったけれど、やっていくうちにどんどん繋がっていきました。
そして旅する人自体が、文化を伝えている。例えば海外でやっていることがおもしろいと思って、形は違うんだけどこっちに持ってきたりして。そうやって文化というものは、ただその土地で生まれたものばかりじゃなく、外的なものをその土地なりに消化していくことで、どんどん面白い形になっていくと思います。外を招き入れることは重要で、それが原始感覚美術祭で海外の作家を招くことにも繋がっています。
海ノ口レイクヘンジ「信濃の国 原始感覚美術祭2016―地は語る、水のかたりべ」
撮影/本郷毅史
※1 折口信夫(1887-1953)は民俗学者、国文学者、歌人、柳田国男の高弟として日本の民俗学の基礎を築き、「まれびと」論を確立した。参考https://ja.wikipedia.org/wiki/折口信夫、http://www.horagai.com/www/who/050orik1.htm
※2 吉増剛造(1939- )は、東京生まれの詩人。国内外で活躍する先鋭的な現代詩人。詩集に『黄金詩編』『オシリス、石の神』など多数。2016年に東京国立近代美術館で「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」が開催される。
杉原信幸:http://sugiharanobuyuki.net/
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