彼は1時間以上もの間、稲を手に微動だにしなかった。彼は私の持っていたカメラに一瞬目をむけた。私は「あのお米をどうするつもりなのかしら?撮影中食べているようではなかったけれど」と不思議に思っていた。稲の葉っぱを食べるのかしら?米を持って小さい虫が寄ってくるのを待ってるのかしら。でも他の食べ物には興味がなさそうだけれど…。「アリとキリギリス」のキリギリスみたいな怠け者で動きたくないのかもしれない。あのお話のように美しい声で泣いてもいないけれど。
彼はあの稲を失くさないよう固く握りしめているのかもしれない。私が大切なひとの思い出に、時間とともに薄れてゆくそれに必死にしがみついているように。
信濃大町で声の収穫についてリサーチを始めてから1週間が経った。私のカメラは米を見つめ続け、私はアーティストとして答えるべき問いを探している。
キリギリスは日本ではイナゴとも呼ばれているらしい。稲の子、という意味だそうだ。