ニュース

ディレクターズVoice #3

 文|総合ディレクター 北川フラム

 北アルプス国際芸術祭の開幕です。

 前日のプレスツアーに引き続いてオープニングツアーのガイドをしました。二日間ともに快晴、そして夕方一瞬の雨。やむなく全作品は巡れませんでしたが、セレクションしてお見せしたこともあり、お客様の感想は大好評です。

9/13(金)開幕式の様子 photo by Takeshi Hirabayashi
総合ディレクターによるツアーガイド

今回は東山エリアの作品を紹介します。

 第一作は国宝仁科神宮の奥の森のなかに吊るされた真っ黒な紙。高さ18メートル、幅6メートルの紙に存在感は圧倒的だ。風圧を逃がすべく裂け目がつけられてはいるが、紙が木立と拮抗するだけの強さと存在感をもつために、縦・横・斜めと、場所によっては14枚もの寒冷紗が重ねられてあり、重さは約25kg。金属のような黒い空気の壁のような空間(あるいは環境、背景)は、その前景の木々を水墨画に出てくる孤影のように際立出せる。その黒幕を巡れば、逆に木々は水墨画の背景の樹林のようにも見えてくる。イアン・ケアはここで、物質と空間を自然と人間の間にある往還のなかで捉えているかのようだ。氏が言うように「現実は絵画へ、絵画は風景へと変容している」のだ。別格の作品になった。これだけで満足、という観客も多かった。

 重要文化財旧中村家住宅を会場にした佐々木類の作品については前回述べているが、この地域の暮らしを支えていた麻栽培への愛惜と、そのかつては麻の畑であった空き地に現在育っている野草をガラスのプレパラートに封じ込めた技巧は秀逸で好評だった。

 ルデル・モーについても前回述べているが、旧相川トンネル内で、これも地元の竹の技術と泥の相性の良さは観客を喜ばせていた。

 バスでは行きにくいのですが、佐々屋幾神社のロシア生まれアメリカ在住のエカテリーナ・ムロムツェワの作品について。境内の雰囲気はしっとりしていて、神楽殿と社殿の内部で影絵で作品をつくった作品は、相変わらずの土地に対する学習と丁寧な仕事ぶりで好評だ。神楽殿では土地の民話を構成し直して、二重の影絵が重なるようにした映像を流し、もう一つの社殿では絵が描かれていて、丸い円筒が光を受けて壁に映っている。こちらは美しさも技術も完成されていて絶品。おすすめです。

 船川翔司の測候所は、山岳博物館の前庭に、気象データによって勢いが変わる風穴や、観客との気象の話をするパフォーマンスがあって楽しい。

 この東山エリアの鷹狩山には、「目」の空き家全体が体験空間になっていて、遠く北アルプスが一望できる名作があり、今も大人気だ。

 

 さて、来る人の目を奪う作品が最後に控えている。5年越しに実現した台湾のヨウ・ウェンフーの八坂公民館を囲った「竹の波」という作品だ。来週には刈られる田んぼ側から見る建築を囲う長さ120kmの竹の美しさは格別だ(稲刈り後の風景も作家は考えている)。山の風を受けるように柔らかな凹凸の面が流れている。反対側にはこれとは対照的に文字通り波打っている。波の内部に入ることができるように無数の竹の端を危険がないように丸めてあって、これに入りくぐるのは楽しい。

外側の面と建物の間にもう一面あって、この通路から外部を見るのも美しい。もともとあった建築を竹が包み込んでいるのだ。構想と修練と空間に対するセンスの良さが見事に溶け合っている。4万年前からジャワ、フィリピン、台湾に渡ってきたホモサピエンスの竹との長い親和性と、ここ大町の八坂の人たちの竹への愛着と技術が、ここに結実しているのだと思わずにはいられない。

 今回は朝9時・長野駅発のオフィシャルツアーが出ているのでおすすめです。佐々木類の中村家住宅から入り、公式レストランの昼食も食べられて日帰りで作品を楽しめます。

カテゴリー