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ディレクターズVoice #2

文|総合ディレクター 北川フラム

作品巡り
 長野方面から入ってきて最初に出会うのが重要文化財の旧中村家住宅です。厩が土間つづきにあり、旧庄屋さんの骨格がわかる建物ですが、この厩に全体で3個、それぞれに横4枚、縦5枚の古いガラス戸がはめてある枠があって、この60枚それぞれに、かつて麻栽培をしていた場所で採取された野草が高度な技術で封印されている。長い年月使われてきた、ガラスの染みも美しい。これは丹精込めた名人芸です。
 隣の土間空間にはかつての麻栽培がわかる映像が上映されていて、この歳月を経た建物に暮らしてきた家族や人々の時間が感じられて気持ちが良いのです。佐々木類さんの良い作品でした。

 ソ・ミンジョンは巨大な発泡スチロールに焼いた倒木を置くとその熱でスチロールが溶けて化石のように木が埋もれるという見立てです。

 エカテリーナ・ムロムツェワは市街地のわちがいの横の離れ、床下に清流が流れているという大町の昔ながらの町屋の造りがわかる場所に、氏が描いている抽象的な作品が6点、吊り下げられています。氏の自然体験がこのように淡く重層的であるものと感じられる作品でした。

 仁科神明宮の木立ちの中に吊り下げる予定のイアン・ケアによる巨大な二幅の作品(20×10m、20×2m)を社体育館で見ました。和紙に墨を塗り、寒冷紗で何層にも貼り付けているもので、そのマチエールに圧倒されました。イアン・ケアはオクスフォード大学の美術の先生ですが、ここではこの黒い紙の質感のある背景の前の木立があって、初めて16世紀の水墨画が完成するというのですが、どうなるのか期待されます。大町の森と空気があっての構想です。

 私はこの日、日本最深部縦断ツアーの試走で、扇沢駅から電気自動車で黒四ダムに行き、穂高温泉で泊まり台風10号の雨をかいくぐりながら大町のスタッフの運転で野麦峠に登り、野麦学舎を再興している高嶋浩さんの案内でお助け小屋と学舎を見て、下呂に行ったのですが、50年に一回咲くという今年咲いた隈笹の花(これを野麦というそうですが)を手折り、山の素晴らしさを満喫しました。女工哀史でもある「あゝ野麦峠」の話ですが、そう思わせるほどの山の深さと威力でした。

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