※こちらは、北アルプス国際芸術祭2021のアーカイブ投稿となります。
大町に住む「土の人」へ
大町に訪れた「風の人」が訊く
大町ならではのプリミティブな物語
おらほの家がアートになった日
〜信州八坂の棚田に生きて〜
お話してくれた「土の人」
勝野明(かつの あきら)さん
大町市八坂生まれ、83歳。
元・大町市議会議員。
大町南高等学校(現・大町岳陽高等学校)卒業
後、八坂村役場に勤務。
おおまちストーリー、最終回のテーマは「東山エリア」です。東山とは西山(北アルプス側)と異なり、なだらかな山間にある八坂地区と美麻地区を指します。
前回(2017)東山エリアには7つのアート作品が展示されました。そのうちフェリーチェ・ヴァリーニさんの作品の舞台となった民家に住む勝野明さんに、制作のこぼれ話あれこれを伺いました。
ー前回(2017)でご自宅が作品になった勝野さん。初めて提案を聞いたときは?
もともと国際芸術祭が八坂や美麻を「東山エリア」って名前にして、八坂に5つぐらい作品を作りたいって話は聞いていただ。作品の場所がだんだん決まってくうちに、もう一つ鷹狩山周辺で探してたらしく、それでうちに相談にきただ。最初は棚田の風景を何かに使えないかって話だった。これがさ、おらほの(「私たちの」の方言)風景を見てみ。素晴らしいでしょ?ここは押の田っていう字で、民家は5軒あって数名が住んでる小さな集落でね。八坂は昔から「重太郎棚田」や「切久保棚田」とか棚田が有名で、「押の田棚田」にも写真を撮りに来る人や絵を描きに来る人が結構いたの。だからこの風景が生かせればいいと思ってさ。
それでフェリーチェ・ヴァリーニさんが棚田を見に来たんだけど、うち(自宅)のある風景を気に入ったみたいで。「ここから見たお宅の家がいい」って本人から説明されてせ。過去の作品集も渡されて作品のイメージは分かったけど、でもうちを作品にするの?ってビックリしただ。こんな古い民家をさ、貸すとは思わなんだ。この(2017年の芸術祭の)記録集にも書いてあるけど「地主は最初は難色を示した」ってのはその通り(笑)だって住んでるし、棚田を活用するのかと思ったからね。芸術祭ってもどれくらいの人が観に来るかとか(初回だから)見当もつかないし、そんな洗濯物も何も干せねぇじゃんって。そんなすぐに返事はできなくてね。どうするだってさんざ(「長時間」の方言)考えて、遠くから眺めるならいいって言ったが、作家さんはどうしたってこの家がいいって。イメージ図持ってきて説得に来てくれたけど、俺だって生活してるだしなぁ、おい勘弁してくれやって言ったんだが……。どんどん他の作品の場所や内容が決まってくなかで、周囲の人や関係者から「勝野さん返事してくんねぇか」って催促来るし断る訳にいかなくなっちゃっただよ(笑)あとで作家さんに言われたんだけど、世界中でアート作品作ってるが人家をこんな風にしたのは初めてだってよ(笑)
ー 不思議な楕円が家に描かれることになりましたが、実際にはどのような作業だったのでしょうか
「やるだ!」って承諾したからには、協力しようと腹くくったよ。一番先に事務局の人たちがやったのは夜にプロジェクター(投光器)で楕円の図形を照らして、家に光で筋を付けること(写真1)。「墨出し」って作業らしいけど暗くなきゃできないから、夜に屋根登って図形の端を全部チョークで下書きして。夜遅くまで3日間かかって描いてたね。屋根の上だで大変だよな、暗くて滑るだし。で、おらたちだけ寝てる訳にもいかねぇから(笑)たまに見に行ったり、お茶くれてやったりさ。
そのあと楕円を貼ってくんだけど、素材はロール状になってるアルミホイルを切ったものだよ。遠くから見ると分かんないけど、実際は結構大きくて幅20~30センチメートル、長さ50~100センチメートルの「線」だよ(写真2)。アルミの上に下地材塗ったあと、黄色いアクリル塗料を数回塗るんだってさ。八坂公民館で「線」をスタッフと作って、屋根以外の建物なんかに貼る作業は大部分を弟子と2人でやってたよ。2週間ぐらい居たかな、ヴァリーニさんは。スイス生まれのフランス在住だって言ってたがね、おら英語だってよく分かんないのにな。ヴァリーニさんの助手が日本語いくらか喋れたが、そんなに細かな話はできないんだよ。それでも結構話したよ、作家と一緒に山道歩いたりいろいろしたせ。あとは周りにいる人たちと身振り手振りで、通訳いなくてもなんか心で喋ってる感じで。
で、これを本家に貼るときは危険だから塗装屋さんが一緒に貼ってたね、2日ばかり来て。梯子使っていろんな所に、うんと細かく幾つも貼っただよ(写真3)。よく見れば分かるが、家とか塀との隙間の所みんな繋げるためにはさ、納屋から道路から木から石積みまで全部、貼り付けただよ。完成予想図は事前に見せてもらってたけど、なるほどだんだん形になってくのが面白くてね。ここはどうするねって、作家さんと一緒に眺めるだよ。ここんとこちょっと足りねぇじって言ったりな(笑)そんなこんなで、できあがったときはみんなでガッツポーズだったね。
ー 芸術祭期間中は実際どのような暮らしをしていましたか
会期前でも通りからは黄色い線が道や屋根に貼ってあるのは見えるからせ、周りの人は「ありゃ何だい」って思ってたようでね。でもうちの前の“あるポイント”に来ないと何だか分からねぇ仕組みだからね、ただ黄色く見えるっきりで。
それで実際芸術祭が始まってみたら、いや好評でビックリしただ!驚くことに家の前の道がいっぱいになっちゃって、1日に最高1000人くらい来たんじゃねえかや。こんな田舎道にわんさか人が来りゃ、えれぇ(大変な)ことだよ。いっぱいになっちゃう。だから家に入ったきり出られねぇ(笑)家の中に居ればそんなに外の声は聞こえてこなかったけど。鑑賞する案内の人が「民家だから中に入らないでください、静かに鑑賞してください」って案内してくれてたしね。そう、洗濯物はねいつも2階に干してたけどね、場所を変えて見えない所にしただ。
たくさん人が来るから集落に車止めきれなくてね、用意されてた駐車場が少し遠かったみたいで。歩かなきゃいけなかったけど、でも作品的には歩いて降りてきて、あの黄色なんだろうって思うから面白い。うちの前の“あるポイント”へ来てやっと、楕円だって分かるんだもん。歩いて来るからみんな、感動する。外国の人も来てたけど、言葉が通じなくてもおどけた(「驚く」の方言)表情みれば「あぁ楽しんでくれてる」って分かるもの。市の職員やボランティアが連日説明してるの見てて、大勢来てて大変そうだったから、おれも案内してやらなきゃなって思うようになって、たまに出てって話しただ。若い人とか外国の人とかとね。最初はどうなるかと思ったけど、まぁ、今はいい思い出だいね。
面白い作品だったから、住んでる人にぜひ話を聞きたいって取材の依頼も結構来たのね。でも開催中のおらたちへのインタビューは全てお断りさせてもらってただ。静かに暮らしたかったからね。作品観て素晴らしいって言ってくれりゃそれでいいじゃないかって話でね、名前出したくなかったの。それでもおらを知ってる人は名前は出さなんでも家見て分かるから、友達が家に訪ねてくることもあったよ。
ー 勝野さんにとって思い出深い57日間でしたね。終わってみていかがでしたか
終わってみると大変だったなぁってのと、楽しんでもらえて良かったな、と。だけど本当に大変だったのは、実は会期が終わって楕円を剥ぐときだったみたいだね。暑い時期の3か月もくっついてたから、なかなか剥がせねぇだ、焼き付いちゃってるからさ。たくさん作業してくれる人が来てシンナーで取ったけど、きれいに剥げなんで後で塗り直したところもあるよ。……剥がれたら落ち着いたね、日常が戻ってきた感じで。ただ今でも地元新聞やフリーペーパーに写真が載ったり、誰かがたまに来りゃ、あ、ここでやってたね、って思い出話になるよ。
2017年の芸術祭の他の作品だけど、八坂のは全部観たよ。竹のバンブーウェーブや霊松寺の高橋さんのとか、鷹狩の布施さんや鳥の巣みたいの(リー・クーチェ「風のはじまり」)とか。他の地区の作品も観たけどでも、やっぱりおらほのやつが一番かな(笑)商店街の作品とか今回の北高校とか、空き家を使うのもあるけど、おらのとこは「生」の演出だったからね。暮らしてる家だからね(笑) 実は「押の田棚田」は高齢化で維持が難しくなってきたから、平成19年にオーナー制にしただ。募集かけたらIターンの衆(しょう)が15人ばか集まってくれて、一緒にやろうってことになった。もう15年になる。みんなが協力してくれて期間中にも草刈りしたね。ここは水源地なんだよ、水の神様を祭ってる祠もある。この水はこの辺一帯の田んぼへみんな行ってるだ。だからここを荒らしたくねぇんだよ。そんな場所だからせ芸術祭を通して大町を知ってもらったり、土地が維持されていくきっかけができたらうれしいね。八坂や美麻は過疎対策で、空き家のこととか人口減少のこと一生懸命やってるし。おらたちはもう今回の前売り券、買ったからな!楽しみにしてるよ。
ー芸術祭で八坂を訪れる人にお薦めを教えてください
「八坂にはいい所がたくさんある。明日香荘の「灰焼きおやき」が有名だね(#04参照)。昔は日帰り温泉にも行っただ。「育てる会」って知ってる?ここは山村留学発祥の地で、都会の子どもたちがのびのび生活しているよ。八坂は昔から移住者が多い場所で、音楽家の喜多郎さんが昔住んでたし今でも交流があるしね。
おすすめの山はもちろん鷹狩山。展望台を作るとき携わったけど、あれは大町ダムの方を向いているだよ。もう一つは「大姥様と金太郎」の伝説が残る大姥山。登山道を最近民間が整備したみたいだからハイキングしてみて。
八坂は名前通り坂が多いからドライブがいいかな。道が狭かったり、高低差があるからゆっくり走って欲しいけど。三原高原っていう高原野菜を作る広い畑があるけど、空が開けてて気持ちよく走れるだ。そこを通って唐花見湿原に行くといいね。散策できるようになってて夏は涼しいし、秋は真っ赤なミヤマウメモドキがきれいだだ。燃料が不足した昔はあの湿原から炭団(たどん)っていうね燃える土を、トロッコで運び出しただよ。
参考サイト
信州やさか 八坂地域づくり協議会
信州金熊温泉-金太郎の湯-「明日香荘」
山村留学 公益財団法人 育てる会
唐花見湿原
※年齢、所属・役職、肩書きなどはお話をお伺いした当時のものです