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おおまちストーリー #09

※こちらは、北アルプス国際芸術祭2021のアーカイブ投稿となります。

大町に住む「土の人」へ
大町に訪れた「風の人」が訊く
大町ならではのプリミティブな物語

地元に住み続けその土地に詳しい人を
「土の人」と呼び、
旅行者や移住者などを
「風の人」と呼ぶことがあります。
「風の人」は「土の人」から大町を知り、
「土の人」は「風の人」から
大町の魅力を再発見します。
二つの異なる性質が混ざり合い
共鳴し合うとき「風土」のようなもの
=「おおまちストーリー」
が生まれるのです。 

聞き手:稲澤そし恵(風の人)

大町の空と循環するエネルギーの物語
「水・木・土・空」は流転する

お話してくれた「土の人」

上原達宏(うえはら たつひろ)さん

大町エネルギー博物館学芸員。60歳。
大町高等学校(現・大町岳陽高等学校)卒業後、
大学で情報科学を専攻。
卒業後県内企業に勤務しその後現職へ。
趣味は散歩。
(令和2年平均歩数36,632歩 /1日)

北アルプス国際芸術祭のコンセプト「水・木・土・空」。それぞれのコンセプトに合う関係者にインタビューしてきた「おおまちストーリー」ですが、今回は最後4つ目の「空」がテーマです。
大町市には「大町エネルギー博物館」という科学博物館があり、大町の空を映し出すプラネタリウムが人気です。長年、プラネタリウム解説に携わってきた学芸員の上原達宏さんに、大町にまつわるさまざまな「空」について伺いました。


ー大町エネルギー博物館とはどのような施設なのでしょうか
大町エネルギー博物館(以下、エネ博)は昭和57年(1982)に財団法人としてオープンした科学博物館で、私はハレー彗星が来た昭和60年から36年勤めています。昨年度まで、全職員3名で18年、科学館としては全国唯一の少人数体制だと自負しています(笑)その分、施設管理から企画運営まで全てに関われたことは、大変ではありましたがよかったと思います。エネ博は平成22年に公益財団法人へ移行しました。移行に際して定款の制定を行いましたが、その中の第3条、「この法人は、エネルギーを中心とした理論、技術等に関しての多面的な考察を行い、展示・体験・解説などを通じて、入館者の「科学的思考」を喚起し、科学や技術全般に対する理解を深めることを目的とする。」これに基づいて活動しています。
なぜ大町市にエネルギーに関連する博物館があるのかということですが、ここが北アルプスの水の恵みによる電源開発と共に発展してきた街だからです。館外に展示されている「水車発電機」は、大正から始まる水力エネルギーの開発に使われた実物です。館内では熱・光・運動・電気などさまざまに変化するエネルギーを、模型や実験で楽しく学べるようになっています。目に見えないエネルギーを扱っているので、展示物自体はできるだけシンプルにするようにしています。自作したものも結構ありますよ。
よく「懐かしい雰囲気の残るレトロな博物館ですね」と言われます。科学館というものは最新の物を展示するという考えもありますが、新しいものはすぐ古くなってしまう。特に今はインターネットで誰でも簡単に情報を入手できますよね。だからエネ博は基礎を大切に捉え、「原理、原則」を考える場所としてやっていこうと。予算的に展示物の更新が難しいということもありますが……(苦笑)
育成活動として「大町少年少女発明クラブ」というのを開館以来毎年やっています。木工、電気などの基礎的な工作や学習を行いながら、心のひらめきを養い科学への関心を持ってもらうことを目的にしています。小学校4年生から中学校3年生まで、白馬や松本からも参加してくれています。長く続ける子が多く、高校生や大学生、社会人になってからも、お手伝いや遊びに来てくれたりしてうれしいですね。ここ数年、「二次燃焼型携帯缶ストーブ」というのを作り、2月に雪の中をストーブや食料など一式を背負って歩き、自作のストーブに火をつけてお湯を沸かしたり、餅やソーセージなどを焼いて食べるという活動をしています。自然の中でエネルギーを体感できて、みな楽しんでくれています。今年はコロナの関係で直前に中止となってしまいましたが、来年は復活したいと思います。
ここは北アルプスの麓という場所柄か、動物がよく来ます。来館者の方に「カモシカが逃げてますよ」って言われたことがありますが、飼ってるわけじゃないんです(笑)カモシカは好奇心が強いのか逃げ足に自信があるのか、近づいても逃げないことが多いです。接近のコツは「存在を意識しない」ってことですね。

ー エネルギーを扱う科学館とのことですが、エネルギーとはどんなものですか
「エネルギー=電気」というイメージが強いと思いますが、他にも熱や光、風などいろいろな形で存在していて、それはどんどん移り変わっています。
例えば高い場所にある「水」の“位置エネルギー”は、低い場所へ移動する(流れる)ことによって“運動エネルギー”となり、それが水車を回し発電機を動かすことで“電気エネルギー”へと変換されます。これが水力発電ですね。
その水は「雨」や「雪」として、「空」から降ってきたものです。空は山よりも高い位置にあり、水の元は「雲」として空にある。では、雲がどこから来たかというと、海面や地表面にあった水が太陽からの“光(熱)エネルギー”により「水蒸気」となり(気化)上昇したものです。「水」とともに“エネルギー”が循環していますね。水を動かしてできた電気は光エネルギーとして照明になったり、ストーブの“熱エネルギー”になったり電車やEV車のモーターを動かして“運動エネルギー”になったり……。そんなエネルギーの循環を、博物館で理解していただけたらうれしいですね。
ちなみにエネ博には、薪バス「もくちゃん」というレトロなバスがあります。ガソリンが欠乏した戦中戦後に活躍した薪ガス自動車(木炭自動車)で、エンジンを動かすエネルギー源は薪を蒸し焼きにして発生したガスなんです。搭載しているガス発生炉は昭和25年(1950)製です。煙をモクモク出して走るというイメージが強いですが、発生した煙(薪ガス)は燃料としてエンジン内で消費されるので、走行中に煙はほとんど外に出ないんですよ。ガソリンエンジンなので当たり前ですがガソリンでも動きます。というかガソリンの方が使い勝手がいいので、現在はガソリン100%で走らせてます。「薪ガス」という代用燃料で走らせてみて、初めてガソリンのありがたみが分かりましたね(笑)コロナが収束したらまた運行再開しますので、ぜひお出かけください。

ー エネ博のプラネタリウムの特徴を教えてください
ここでは、光学式投影機を手動で操作しながらライブ解説をしています。ライブ解説のいいところは、旬の話題を取り込めることと毎回違うオリジナルな話ができることですね。プラネタリウムで投影される内容は「番組」と呼ばれるのですが、全国的にみると自動化された番組をオート投影しているところが多いのです。ですがそれにはハード、ソフト両面で予算が二桁くらい多く必要なので……。システムが自動化していないということは、維持管理の面からもメリットがありますし、星を投影する仕組みも実際目で見えて良いのかなと思います。昨今パソコンに始まり、自動車、スマホ、あらゆる技術が複雑化してブラックボックス化していますからね。
今はコロナの関係で投影をお休みしていますが、昔は修学旅行など団体がたくさん来て、1日5回とか6回解説を行い、最盛期は8回、朝プラネタリウム室に入ったら夕方まで出てこれない(笑)というような時代もありました。そんな時は自分が機械になったような気分でしたね(笑)長い間、投影機だけで解説してたんですけど、平成26年に大町市出身の縣(あがた)秀彦先生(国立天文台、普及室長)のご紹介で「Mitaka」という4次元デジタル宇宙ビューワーシステムを導入しました。地球を飛び出して外側から見渡せるので、宇宙のことについてお話しするのに非常に強力なツールです。「地上からみた星空」と「地球を離れた宇宙」の二つの視点が持てるのがいいですね。
そうそう、縣先生も関わられているプロジェクトに「長野県は宇宙県」というのがあります。長野県は宇宙に関する専門施設がたくさんあるんですよ。なぜかというと内陸部にあって海から遠いということですね。海から遠いということは水蒸気の量が少なく空気のゆらぎが海沿いより少ないので、星などは割と観測しやすい条件になるからです。それから全国で一番平均高度(標高)が高く、文字どおり宇宙に一番近い県なのです。宇宙飛行士の油井亀美也さんの出身は長野県ですし、ここは宇宙に関係の深い県なんですよ。

ー 大町で行う天体観測のコツやアドバイスはありますか
星座を覚えようとか気負わずに、ただ空の暗さと星の明るさを感じてもらうのがいいかな、と思いますね。数千年昔の人々が、夜空に輝く星を繋いでいろんな形を想像したのが星座の始まりといわれていますが、今、私たちはなかなか星を繋げて想像することができません。古代と違うのは星の見え方ではなく、時間、つまり星を見る‟ゆとり“がないのかなと思います。だから難しいことは考えず、ただ星空を見上げてみたらどうですかって薦めています。三角形や曲線など簡単な図形を何となく描ければそれでいいのかな、と。
大町市は夜の照明が少ないところが多いので、天の川なども結構見えますよ。できればちょっと街から離れたところで開けた場所、鷹狩山の山頂なんかもいいですね。以前、スカイクオリティメーターという計測器で夜空の明るさを測ったとき、長野県の観測地点の中で一番空が暗かったことがありましたよ。そうそう、今年は「黒部ダムナイトツアー」が行われる予定です。ここ何年か星の解説に呼ばれて参加していますが、さすが黒部峡谷、天候に恵まれれば星がとてもきれいに見えますよ。

ー国際芸術祭のコンセプトの一つ「空」について、どのように捉えていますか
「空(そら)」というと、なかなか漠然としていて捉えどころがないですよね。境界が引けないんですよね。ずっと繋がってますので、どこまでを空と定義するかによりますね……。一般的に「空」っていうと、青く見えている頭上の空間っていうイメージですよね。空気があるから空が青く見えます。ということは、‟地上“から空が青く見えるのはもしかしたら、地球だけかもしれません。
「空」を空気とするなら地球全体でみるととても薄い層になります。地球をリンゴとすると大気層はリンゴの皮くらい。入道雲のてっぺん付近とか、ジェット機が飛んでるのは10キロメートルくらいなので、私たちが空として認識しているのは多分、このいわゆる成層圏あたりまででしょうね。「空」はどこまでも広がり「宇宙」として捉えるとすれば、また面白く考えられます。プラネタリウムの解説が「地上からみた星空」と「地球を離れた宇宙」という2種類あるとお話しましたが、地球上のものが全てじゃない、ということです。宇宙はすごく遠くまで広がっていて、分からないことがまだまだたくさんあります。“地上”から見上げる視点と、それを外(宇宙)から見る視点というのも必要かなと思います。「井の中の蛙大海を知らず」という文の続きをご存じですか?「されど天の高さを知る」と続く説があります。狭い所からでも熱心に空を見上げていれば「天」に詳しくなれるよ、みたいなニュアンスで私は捉えていて、人類がやっていることがそういう感じですよね。地球からはほんのちょっと外へ出ることはできても、果てしなく宇宙は広がっていてよく分からない。電波望遠鏡とかいろんなものを駆使して人類は頑張ってるんですけどね、宇宙を理解するというのはまさに「雲」をつかむような話ですね(笑)

ー 前回の国際芸術祭では大町エネルギー博物館もアートサイトの一つでしたね
そうです、「土の泉」という作品がエネ博の壁面に描かれました。私たちとしては入館者が増えて実にありがたかったです。制作中は作家の淺井祐介さんや制作ボランティアの方とお話ししたり、塗っているところを見学したりしましたね。最初はね、土で描くっていうから多分風化しちゃうだろうなっていうのがあって会期後は絵を消す予定だったんです。でも出来上がったらやっぱいいな~ってことで、残すことになりました。風化しないように上にコーティングしてもらったんですが、やっぱそれでもだんだんと色があせましてね。大町各地で集めた土を使って描いているので、自然に還るのもそれはそれでまたいい感じかなと思います。ですが今回新たに補修というか再生していただいたんで、また楽しみが増えましたね。
前回の作品は私、全部観ましたよ。パスポート買ったので全部周りたいなと思って。どれも面白かったです。普段気付かなかった路地裏の道など、作品以外でも新たな発見がありました。

ー 大町に遊びに来る方へ、上原さんのおすすめはありますか
まずエネ博がおすすめです!アート作品を見た後にでも遊びに来てください。周辺のおすすめは、大町ダムから見る風景です。竜神湖展望広場まで行くと、菅平(上田市)の上の方の四阿山(あずまやさん)と根子岳が見えます。鷹狩山の南後方には筑北村の方の四阿屋山(あずまやさん)も。餓鬼岳は常盤地区からだと正面に見えますが、大町ダムからだと高瀬渓谷上流に、唐沢岳まで見えます。山が見えるということは、逆にその山からこの地点が見えるということですから、山に登ったときここを探す楽しみが増えます。登った山を眺めるのも楽しいですね。
市内全域にいえますが、特に歩くことがおすすめです。田舎道は車があまり通らないところも多いので、のんびり気ままに歩けます。農具川とか、和田川とか、川沿いもいいですね。路地裏に蔵を見つけたり、微妙にカーブした道とか、横に流れる小川とか、向こうに山が見えてそこに雲があって……。山は基本的にはあまり動かないですが、いや実は少し動いてはいますが、雲の形が結構早く移り変わっていくことに気付いたりします。山、雲、人にそれぞれ時間の流れがあって、その取り合わせが面白いです。「動く」ためには「エネルギー」が必要ですが、「動く」ことは「時間」が関係し、「時間」もまた「エネルギー」を消費する。これは特殊相対性理論だったかと……。一般相対性理論では「重力」と「時間」の関係でしたかね、興味あればぜひ調べてみてくださいね。
山も、空も、海も、生物も、みんな循環し繋がってるんじゃないかと、歩いていると、そんなことを思います。星空を眺めると、宇宙全体へ思考がとりとめもなく広がり、収集がつかなくなってしまいますが、これからしっかり勉強してみたいと思います。同じ風でも季節(気温)によって心地よく感じたり、寒いと感じたり……。芸術祭にいらっしゃる方々にはまずは身近なところから、雲と山をお供に歩き、からだ全体で大町を感じてもらいたいです!側溝に落ちないよう気を付けながらね(笑)

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