大町ダムと高瀬渓谷

大町ダムと高瀬渓谷

1.大町ダムの概要

槍ヶ岳を源とする高瀬川が、深い谷を刻んで流れる高瀬渓谷から平野部に流れ出る境に、大町ダムは位置します。人々の暮らしを守り支える多目的ダムで、昨年30周年を迎えました。


大町ダム位置図

高瀬川は昔から、川の流れが絶えず変化する暴れ川で、洪水が多く、大雨が降ると水があふれて、周りの家や田畑が水に埋もれてしまうことがたびたびありました。その一方で、雨が降らない時は水不足にも悩まされていました。

特に1959(昭和34)年、1969(昭和44)年の夏には大洪水が発生しており、1969年8月の豪雨では葛温泉が流されて湯治客が孤立し、下流の家屋234件が浸水、水田158haが冠水するなどの大きな被害がありました。(※1)これがきっかけとなって、ダム建設の機運が高まり、国土交通省(当時の建設省)がダム建設に着手、1986(昭和61)年に大町ダムが完成しました。
大町ダムの主な目的は、大雨の時には水をせき止め、水不足の時には水を流して川の流量を調整することです。実際1991(平成6)年の渇水時には川に水を流し、2006(平成18)年の大雨では相当量の水をダムにため込んで洪水を防ぎました。このほか大町ダムの水は、水道用水や発電用水としても使われています。

大町ダムは、貯水池からの水圧をダム自体の重さによって支え、貯水機能を果たすように造られた「重力式コンクリートダム」と呼ばれるタイプのダムです。 外観は、巨大なコンクリートの塊に見えますが、ダムとしての機能を果たすため、流量調整をするためのゲートやさまざまな計器類、作業・点検を行うための通路等がつくられています。ダム管理所では、計測データ、気象データ、下流の川の様子を監視するカメラの映像など、様々なデータをもとに流量調節が行われています。
また、周辺では散策道や公園・広場も整備され、新緑や紅葉、シャクナゲの花の季節には、大勢の方が訪れます

 大町ダム

 重力式コンクリートダム
 ダムの高さ……107.m
 天端標高……906m
 有効貯水容量…2,890万m3
 集水面積……193km2
 湛水面積……1.1km2

 

監査廊の見学
大町ダム管理所に併設されている大町ダム情報館では、大町ダムに関する情報が満載。ダムの紹介パネルや周辺のジオラマなども展示されており、土・日曜日も開館しています。さらに休日・祝日を除く火曜日から金曜日には、大町ダムの職員の方の案内で、ダム内部を見学することができます。1回あたり約30分、1回の定員は9名となっています。内部見学の詳細は、大町ダム管理所(TEL:0261-22-4511)までご確認ください。

2.北アルプスの気象と大町ダム

大町ダム天場からの眺め

大町ダム建設の背景となった度重なる豪雨と水害の歴史には、北アルプスの気象と地形が関係しています。地表付
近の温かく湿った空気は、山の斜面に沿って上昇し、上空で冷やされて雨雲になり、雨を降らせます。このため、標高の高い山岳地帯の天気は安定せず、突然の豪雨に見舞われることもあるのです。大町ダムが観測を始めた1986年から2014年までの観測データを見ますと、大町の年間降水量が約1400㎜なのに対し、大町ダムから高瀬ダム付近までの山岳地帯では1500~2000㎜、源流の槍ヶ岳付近では2500~3000㎜となり、高瀬川流域では上流ほど降水量が多いことがわかります。(※2)さらに、標高3000m級の山々に降った雨が、平地の標高800m付近までの急勾配を流れ下ってくるのですから、条件が重なればたちまち大洪水になるのも頷けます。高瀬川が、山岳地帯から平坦部に流れ出る境に位置する大町ダムは、こうした水害から町を守る重要な役割を担っています。

 

3.「犀龍と泉小太郎」の治水伝説

竜神湖

大町ダムによって誕生した湖は、龍神湖と呼ばれています。これは、この地に伝わる「犀龍と泉小太郎」の伝説から名付けられたもので、泉小太郎が母親である犀龍の背に乗って山を砕き、湖の水を流して安曇平をつくったという物語です。成長した小太郎が母親の犀龍に会いに行ったのは、大町ダムの少し下流で高瀬川に合流している尾入沢だと伝えられています。また、安曇平ができた後に小太郎と犀龍は仏崎観音寺の奥の窟屋に身を隠したといわれますが、仏崎観音寺があるのも、高瀬川の流れが平野に流れ出す治水の要所。北アルプスを源とする豊かな水の恵みを受けながらも時には豪雨と水害に苦しめられた、いにしえの人々の思いが、壮大な「犀龍と泉小太郎」の物語を生み出したのでしょう。

4.高瀬川の電源開発と大町

流量が多く急勾配の河川は、また、水力発電に適した土地でもあります。実際明治の末期から、中央の大資本が高瀬渓谷に目をつけ、電源開発を構想してきました。その計画は時代の流れに翻弄されて紆余曲折を経ながらも、1921(大正10)年から1925(大正14)年にかけて、東京電力の前身である東信電気が、高瀬川第一発電所から第五発電所までを完成させました。この時資材運搬路として笹平まで整備された電気軌道は、笹平の奥は馬車軌道として延伸され、戦後まで多目的に利用されました。営林局や建設省も共用して森林管理や砂防ダム建設に活躍したほか、市街地では住民、奥地では登山者の足にもなったそうです。

七倉ダム

戦後の経済成長に伴って電力需要が急伸し、東京電力は高瀬川の再開発を計画しました。これにより、1968(昭和43)年から1979(昭和54)年にかけて大規模な開発が行われ、巨大なロックフィルダムである高瀬ダムと七倉ダムが誕生したのです。高瀬ダムと七倉ダムの間には、新高瀬川発電所という揚水式発電所がつくられました。最大出力は128万キロワットと日本有数の規模の水力発電所です。続いて国による大町ダムの建設工事も進められ、1986(昭和61)年には高瀬川上流の3ダムが完成しました。この大規模な土木工事はまた、黒部ダム景気に続く好景気を、地元大町にもたらしました。建設工事に伴う経済循環、電気軌道の恩恵、安価で大量の電気を当て込んだ企業進出…。大町の大正~昭和期の繁栄は、北アルプスの地形と水力に負うところが大きいといえましょう。

高瀬ダム

ロックフィルダム
ダムの高さ……176m
(ロックフィルダムでは日本一の高さを誇る)
天端標高……1,283,m
有効貯水容量…1,620万m3
集水面積……131km2
湛水面積……1.78km2

七倉ダム

ロックフィルダム
ダムの高さ……125m
天端標高……1,054,m
有効貯水容量…1,620万m3
集水面積……150.km2
湛水面積……0.72km2

大町の自然や歴史に深く関わってきた高瀬川と、その治水のための大町ダム。
大町ダムの天端からは、大町市街を一望に見渡すことができます。

※1 大町ダム公式HP
※2 大町ダム管理所発行の「北アルプス発見ガイド」(平成27年3月発行)より
このほか全体にわたり、大町市史、大町ダム公式HP、「北アルプス発見ガイド」を参照しました。

大町ダム公式サイト
http://www.hrr.mlit.go.jp/omachi/index.html

ダムの情報だけでなく、周辺の散策情報、監視カメラによる写真ギャラリーなども充実。
北アルプスの自然環境と山に関わる人の営みをまとめた40ページの冊子「北アルプス発見ガイド」もダウンロードできます。

国土交通省 北陸地方整備局 大町ダム管理所
〒398-0001
長野県大町市平ナロヲ大クボ2112-71
TEL 0261-22-4511
FAX 0261-22-4512



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