本郷毅史 写真家 第2章「自然と喜ばせごっこをする」

本郷毅史 写真家 第2章「自然と喜ばせごっこをする」

ー水の源流で撮影をするときは、どのように撮っていますか?

 

水源域に行ったら心を奪われるような瞬間が何度かあって、そういう時にシャッターを押すだけで、あまり何も考えていません。

意味付けをしないで、ただ見る。それだけなんだと思います。その状態に持っていくのがむしろ大切で、本当に美しいものは、解釈とか意味付けを、拒絶できる気がします。だから、自分でもついいろいろなフィルターで見てしまうけど、そうならない様に、ただ見るという目になるように注意します。そこに持っていくことが出来ると、恐怖心もなくなる気がします。

いろいろ考えすぎて、水源域に行けなくなったときもありました。水源域のような神聖な場所に、果たして自分は行く資格があるのだろうかと考えすぎてしまいました。その期間は一年半ほどあったけれど、ずっと座禅みたいなことをしていました。呼吸と体の感覚を、ただあるがままに観察するということをやっていました。そうやって座っていて、休憩時間に散歩している時に見た道ばたの草がとても美しくて、こういう目で見れればいいんだと思いました。それでもう一度沢に行けるようになりました。ただ沢に行って、ただ撮って、ただ展示すればいいだけなんだと思い、それからは展示することも出来るようになりました。

ー社会に対しての接点と言うか、誰に対して表現をされていますか?

東京に住んでいるときに撮り始めているので、そこが原点だと思います。東京の片隅の、ちいさなアパートに住んでたので、自然から切り離されてる感じがあって、だから山ばかり行ってたと思うけれど、そういう風に渇望する心が、切り離されている孤独感が、特に都市に住んでいる人にはより強くあると思います。でも、東京のような大都市に住んでいても、ほんとうは切り離されてはいないというか、「自分」って思い込んでいるものが、実は水源域の光景と連続してるのではないかと、ある時思いました。そのことに気がついたときに、なにか「私」という概念が壊れるような、解放された喜びがありました。そして、この気づきは、「私」が「公」に突き抜けていける、風穴のようだと思いました。この気づきは、共有すべき何かだろうと思いました。だから、社会との接点もこのとき生まれたのだと思います。

都市に住んでると、「私」は、この体の内側だけとか、頭の中だけとか、思い込んでしまいがちだけど、そういう思い込みに、水源域の光景は、風穴を開けてくれると思いました。どこに住んでいても、友だちや家族に囲まれていても、自分が大地と「切り離されている」と感じてしまう孤独感は、ある人には切実にあると思うから、そういう人に届くようなものになればいいなと思っています。

ー先ほどの都市っていうこととも関係すると思うんですが、信州の素敵な所、大変な所は何ですか?

ここに来るきっかけは、原始感覚美術祭です。原始感覚美術祭の第一回目に、ディレクターの杉原さんから、水源の写真を展示してほしいと言われ展示したのがきっかけで、毎年この美術祭に参加するようになり、そうこうする内に大町の人に出逢い、結婚し、移住しました。

縁あった場所しか住めないとつくづく思います。きっと日本中すてきな場所はたくさんあって、信州や、大町だけいいという訳ではなくて、でも僕にとってたまたま縁があった場所がここでした。今住んでいる場所は結構気に入っているので、楽しく住んでます。今は林道を数百メートル進んだ、森の中の家に住んでいます。

東京に住んでた頃は、生ゴミを燃えるゴミに出すのが嫌で、それで今はコンポストに捨てているけれど、自分が今住んでいる土地と、こういう形で連続出来るのが嬉しいですね。森にある樹を切って、薪ストーブで燃やして暖をとったり調理したりすることも、同じように深い喜びがあります。そういうものを、東京にいたときは渇望していました。

ー信州の歴史や伝統についてどういう風に思われますか?

妻の実家が大町だから、妻の母のおやきとか漬け物とかの味の、受け継がれてきた、風土に根ざした美味しさに、毎日感動しています。ただ美味しいだけではなく、美味しさに、深さがあるような気がしています。こういう味を知りませんでした。干し柿とか、野沢菜とか、いろいろな漬け物とか、なんか、深い美味しさっていうのを、食べながら感じています。だから、どんどん移動して旅をするっていうことの良さと、その土地で長い時間をかけて育まれるものの良さと、両方大切なのかもしれません。

ー広く旅をしていたからこそ、見えてくるようなことっていうのは何かあるんでしょうか?

いろんな場所で、いろんな環境で、人は生きてるんだなっていう現実は見れました。深くはあまり関われなかったかもしれないけれど。そして、どこでも、家族がいて、毎日食べたり働いたりしていて、そういう面ではみんな一緒だということを知れただけでも、大きな財産でした。いろいろな環境で、いろいろなもの食べてますけど。

ーでは最後に、本郷さんにとって社会とはどんな存在ですか?

これは、やなせたかしさんの言葉だと思うけれど、人生は喜ばせごっこだと言っていました。僕もそういうことを出来たらいいなと思っています。社会に対して何か働きかける時に、喜ばせごっこが出来ればいいなと、そういう感じで、社会と関われるのがいいですね。

喜望峰からの自転車旅も、水源を撮り始めたことも、とても私的な動機から、どうしてもしなければならないと思い決めて始めたことです。でも、そういう「どうしても」という想いは、ずっと強く持ち続けていると、あるとき、針の穴のような小さな点を通って、奇跡のように「公」に突き抜けていくことがあるのだと思います。社会は、そうやって自分を突き抜けさせてくれる存在でもあると思います。一人で、水源域の深い森の中で、水の流れる光景を見つめることの喜びと、その光景を社会と共有する喜びを、同じぐらい大切にしたいと思っています。

ーどうもありがとうございました。

 

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日本から一番遠い喜望峰から故郷を目指した本郷さんが、日本で水源を撮りはじめたことに、目には見えないなにかと繋がっているような必然性を感じる。そして、人間もまた動物だと思える水源域に行って、愛する人の待つ大町に帰ってくる事は、とても特別なことなのかもしれない。自然と社会の行き来する彼が起こす奇跡を、あなたにも待望してほしい。

 

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