青島左門 美術家「存在のリアリティ」第1章

青島左門 美術家「存在のリアリティ」第1章

青島左門さんは、2017年に大町市で開催される北アルプス国際芸術祭の招待作家です。若山美術館、志賀高原ロマン美術館での個展など、現代美術家として絵画、彫刻、コンセプチュアルアート、インスタレーションなど幅広い領域で美術表現をする傍ら、絵本作家として「ほわほわ」や「おつきさま すーやすや」などを福音館書店から発行。また、日本を代表する舞踏家、大野一雄氏、大野慶人氏に師事し舞台芸術活動を行うなど、マルチな経歴をもつ左門さんに、創作の原点についてお話を伺いました。

―それでは、よろしくお願いします。最初の質問ですが、左門さんが美術に興味をもったきっかけを教えてもらえませんか?

父親が洋画家だったので、日常的に美術が身近にありました。特に美術というものを意識したというよりは、それがある生活が自然だったんです。小学生の時に初めてオルセー美術館※1に行った時、ルソー※2の森の絵(蛇つかいの女)がとても印象的だった覚えがあります。その不思議さが、割とこう、漫画的というか、はっきり描いているのでわかりやすかったんだと思います。環境としては、ある意味恵まれていたと思っています。
また、中学生の時に読んだ手塚治虫の「火の鳥 鳳凰編」は、とても影響を受けました。おそらく円空※3がそのモデルとなっているのではないかと思いますが、我王という、仏師を主人公にした物語で、思春期の心に深く響いたのかも知れません。
あと、高校生の時に北欧の美術館で開催された父親の巡回展に家族が招待されて、ヨーロッパを旅行しました。その時にパリのポンピドゥセンター※4で観たジャコメッティ※5に衝撃を受けて、フランスやイタリアを周ってジャコメッティばかり見ました。その辺りから、美術の中でも特に彫刻が、自分に合った本質的な表現方法の一つだと感じ始めて、彫刻という表現に惹かれていったと思います。ジャコメッティの彫刻の存在感というか、ジャコメッティの彫刻は「存在」のみを彫刻にするとこのような形になるのだろうか、というような作品ですが、その有名な細長い様式が生まれるまでに、遠くに見える人物を、手元に彫刻として再現しようとする過程があります。そして彫刻はマッチ棒のように細く小さくなっていきます。存在を極限まで追求しようとすると、このような形になるのかも知れません。私の作品は、ジャコメッティの「存在」に対する、向き合いかたからとても影響を受けています。この細く小さな彫刻の話は、葉っぱを彫刻した後に知った話なので、そこに偶然の共通点があると思いますが、キーワードになるのが、「存在」という言葉だと思います。それから「いのち」とは何か?「空間」とは何か?を探求しています。存在のリアリティに対する好奇心があって、まぁ、その答えは出ないかもしれないんですが。

―「存在のリアリティ」と向き合っている作品を紹介してもらえませんか

代表作でもあるんですが、お話しをした石を彫刻して作った葉っぱの作品です。葉っぱと同じくらいの薄さで、石なんです。2枚目で完成したんですが、1枚目は彫刻を始めて3か月位で割れてしまったんです。最終的に完成したのは2年半位かかったんですが。その、割れた時と、完成した時に思ったのは、やはり、石選びが制作にあたってもっとも大事だと思いました。

―すごい作品ですね、そこに石があるのか、葉っぱがあるのか、わからなくなってしまう

ありがとうございます。まさにそうです。どこからが「いのち」で、どこからが「いのちでない」のか。その境界がどこにあるのか?というのが興味の中心でした。この作品は父親の死をきっかけに作り始めたので、見立てとして葉っぱを使ってますが、「いのち」に対する不思議さに向き合ってみようと思ったんです。実際に制作してみて、人の「いのち」と植物の「いのち」は違うなと感じました。植物は緩やかに、段階的に死に近づいていく。人間の方がその境界がはっきりとしている。しかし、本質的には、どちらも段階的に生から死、死から生に変化しているとは思います。

―左門さんの創作活動の中で、一番肝心だと思う瞬間はいつですか?

ひらめきと完成する直前ですね。ひらめきは、偶然性と関係しています。ひらめこうとしない時にやってくる。だから、生活に即したものしか訪れない、ある意味では運に近い気がしています。例えば、運気を上げようとした時に、じゃあどうすれば運気が上がるんだ、という事とひらめきの質を上げるという事は近いと思います。それも含めて生活に即したものが訪れる。
それから、「葉っぱ」では完成に向けてすこしずつ集中力を上げていきました。石の場合は手順が決まっているんです。粘土のようにやり直すことができないので、そういう意味では割と完成させやすいかもしれないですね。ただ、壊れないようにするためには、緊張しすぎてもダメなので、自然体っていうのは大事です。

―石の作品が完成させやすいというのは、完成直前に、越えなければいけない壁がある、という事でしょうか?

完成といっても完璧とは違うんです。100%っていうのは、自分にとってはあるけれども、完璧はありえない。妥協も必要なんですが、その限界を見極めるという事かもしれないです。それを見誤ると、絵画ではよくあるんですが、完成させようとして台無しにしてしまう。石の葉っぱは足すことができない、削るしかない、後に戻れない、という意味で完成させやすいんだと思います。失敗しても、足すことができない。あと、この作品は、葉っぱを写実的に石に移し替えた作品なので、横にそのまま答えがあるんですね。そういう意味で曖昧な部分が少ないから、完成させやすいのかもしれません。

第2章「現代美術の原因」に続く

※1 オルセー美術館
フランスのパリにある19世紀美術専門の美術館、印象派の画家の作品が多く収蔵されている。参考

※2 アンリ・ルソー
19世紀〜20世紀フランスの画家。素朴な画風で知られる。参考

※3 円空(1632-1695)
江戸時代前期の修験僧、仏師。全国に「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を残したことで知られる。
参考

※4 ポンピドゥ・センター
フランス、パリにあるアートセンター。近代以降の美術作品を収蔵している。参考

※5 アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)
スイス出身の彫刻家。細く長く引き伸ばされた人物彫刻で知られる。参考



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