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おなかの底から感じる感覚、身土不二

水辺の百姓

僕は夏にお米を作り、それをお客様に買っていただくことで生計を立てています。米作りについては、化学肥料や農薬を使わず、深水農法、米糠除草法、手押し車をつかった除草法、合鴨農法を行っています。一般的には一株あたりの苗の本数は5本以上植えますが、僕の場合は大体1本から3本です。コシヒカリの場合、稲は穂が出るまでに、株分かれして15本以上に増えるので、本来の性質として増えるものを沢山植えても、結局茎が枯れてしまいます。一坪1300本以上になると、米粒を育てるための葉っぱが、葉っぱのための葉っぱになって病気になりやすくなってしまいますが、広々と植えることで、稲本来の生きる力でのびのびと育つんです。

田植えの後のうちの田んぼは、遠くから見ると苗が植えてあるのかわからないほどなので、植えたばかりの苗の新しい葉が伸び始めるのを見つけた瞬間は、心臓が「トクン」となります。栽植密度をおさえて植えているので太陽が沢山当り、風通しが良いので茎が太くなります。その成長の過程は見ていて惚れ惚れとしますし、太い茎は倒れにくいので病気にもなりづらく、栄養を沢山吸収した健康なお米になると思っています。肥料は米糠を主として、稲藁などの地元産の植物性有機肥料を与えています。米糠は土壌の酸度を適正化するので、リン酸とマグネシウムの吸収を助ける働きがあると言われています。僕には味の事はわかりませんが、無農薬にすればよいものが育つのではありません。良いものを育てることで無農薬でもあたりまえに育ちます。お米を健康に育てれば、人の健康にもいいと思うし、体がおいしいって言うんじゃないかと思っています。

合鴨農法は、田んぼに合鴨の雛を放し飼いにすることで、雑草や害虫を食べて育ちます。田んぼの外にカモが出ないよう網で囲い、外敵に襲われないように夜は小屋にいれます。稲の穂がでるとカモが食べてしまうので、その前に田んぼからカモをひきあげます。合鴨農法は、とてもすぐれた農法ですが、今は手作業で草取りをする方が多いです。盆栽いじりのように、ずっと稲をかまっていますね。稲をゆさぶって、観察しながら、草を取っていくのが楽しいんです。一種の稲マニアですね。秋には収穫したお米を「はぜかけ」という方法で天日干しにして乾燥させていますが、収穫の喜びと同時に、稲作りが終わってしまうことを、寂しく感じてしまいます。

今、津軽の江戸時代の農書を読んでいますが、稲の栽培は昭和初期までほとんど変わっていないんです。スーパーに行けば食べ物が買える現代と、命をかけてお米をつくってた人とはまなざしが違うでしょ。稲に対する。だから僕の課題は昔の稲づくりの発掘と研究なんです。技術の進歩を妨げるのは自分の中の思い込みと偏見です。うれしかったのは、うちのお米を食べた高齢の方が、昔食べていたお米の味にそっくりだと言ってくれたことです。おなかの底から感じる感覚というのが、土いじりの仕事にはあるような気がしますが、身土不二という言葉は、食べ物についてだけではなく、もっと広い意味だったのかな、と思うことがあります。

僕は、脱サラして、一からお米作りを始めました。新規就農者が農業で食べるのは無理だと言われていますが、自給自足とか、みんながいると思っているけれど、必要のないものを丁寧にとり除いていくと意外とやっていける。就農するときに沢山の物が必要だと言われるけど、自分でよく考えてみると意外といらない。稲作りは、水路の維持なんか一人ではできないものだから、一緒にお米作りをしたい仲間が増えたら嬉しいし、お教えできることもあるかもしれません。

僕の表現っていうのは米づくりの実践でしかないから、いくらしゃべっても、意味がないんです。木崎湖畔には北アルプスの雪解け水が湧き出して、田んぼを潤しているので、夏にはホタルが舞います。体力的には大変だけど、仕事終わりに畦に腰を下ろして、湖の夕焼けと稲の姿を眺めている時、僕はこの仕事ができて本当に幸せだと感じます。

~2014信濃大町 食とアートの廻廊より~